あかしや橋のあやかし商店街
「菖蒲さん、持ってきました」
「おおきに」

 真司と菖蒲はA4サイズの白い紙を手に持ち、庭へと移動した。肝心の掛け軸は、部屋に置いたままだ。菖蒲は真司から紙を受け取ると物置の扉を開ける。

「あの……その紙で、いったいなにをするですか?」
「む? 見てわからぬかえ?」
「は、はい……」

 ぎこちなく返事をする真司に、菖蒲は紙を物置の中央に置くと、スッと立ち上がり扉を閉める。真司はそんな菖蒲の背中を見ていることしかできなかった。
 菖蒲が真司の方を振り返る。菖蒲の長い髪が揺れると、初めて出会ったときのように甘い花の香りがした。

「ふふっ、言ったやろう? 捕まえると」
「確かに言いましたけど……」

 ――わざわざこんなことをせずとも、掛け軸を広げておいた方が早いような……。

 真司の心を読んだのか、菖蒲は突然ムスッとした表情になる。頬をプクッと膨らませる様は、まるで幼い子供のようだ。

「むむ? お前さん、今、なにか失礼なことを考えたやろう」
「え!? い、いや……そんなことは――」
「ふんっ! どうせ、こんな回りくどいことはせず、掛け軸を広げておいたほうが早い……とか思っていたんやろう」
「…………」

 そのとおりだったので、真司は思わず視線を菖蒲から逸らした。菖蒲は手を腰に当て、真司の顔をビシッと指す。

「よいか、真司! あの掛け軸は、大変貴重な物と見た!」
「貴重? そ、そうなんですか?」
「うむ、そうなのじゃ! しかも、掛け軸の破損もある。まぁ、あれだけ古ければ仕方なかろう。そんな物を無造作に埃も溜まっている物置の中に置けると思うかえ? 例えるのならば……そう、国宝級のものを砂場の上に置くようなもの!!」
「そう言われると、確かに……」

 真司が心なし納得したとき、物置の中でガタガタッと音がした。
 菖蒲と真司は同時に物置を見たあと顔を見合わせ中に入る。菖蒲が床に置いた紙を手に取ると、真司も紙を横から覗き込んだ。
 そこには、紙の真ん中にちょこんと鎮座する小さな柴犬の絵があった。

「菖蒲さん、これ――」
「どうやら、作戦は成功みたいやの。よしよし、いい子じゃ。ひとりで寂しかったやろう? すぐに、お前さんの飼い主のところに戻してやろう」
「これが、あの女の子の言っていた犬ですか?」
「うむ。さてと、部屋に戻るかの」

 スタスタと家に戻る菖蒲のあとを、真司も慌てて追いかけた。

「あ、待ってくださいよ!」
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