カラフル
「綺麗にしなきゃ……」


台所洗剤をスポンジに垂らし、ゴシゴシ擦る。
全然取れない。

今度はスチールのたわしで磨く。
全然消えない。


「落ちない、落ちないよ……」


額に汗が滲んできた。
部屋は寒いくらいなのに。

腕まくりをして、たわしを掴む右手に力を込める。
底が滑るので鍋を押さえる左手にも、痛いくらい力を入れる。


「綺麗にしなきゃ……汚れ取らなきゃ……」


どくん、どくんと心音が大きくなってくる。


『聞いた? 篠上チーフ辞めるって』
『上司を脅したんでしょ? 二股だとかなんとか騒いで。当然だよね』
『そんなに結婚したかったのかな。信じられない』


会議が終わってデスクに戻ったら、取引先ファイルの表紙に油性のマジックで、最低女、男好き、会社辞めろ、恐喝罪って書いてあった。

引き継ぎで後輩に渡さなきゃなんないのに、ウエットティッシュで擦ってもなかなか消えなくて。

あのときも。
痛くて手の感覚がなくなっても止められず、呼吸も髪も乱して強迫にかられ、乱暴に狂ったように__。


「奈津」


胸が、締めつけられた。


「もういいよ、奈津」


耳元で心地よいトーンで、順が囁く。


「手が赤くなってる」
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