カラフル
後ろからすっぽり、わたしを包み込むように抱きしめながら順は、優しくたわしを奪った。
すっと波が引くように力が抜け、全身がだらんと緩む。


「もう、充分。そんなに擦ったからほら、傷ついてるし」


涙が頬を伝って、鍋のなかにぽとりと落ちた。


「それにほら、見て。綺麗だよ。あと、消さなくていいよ」


営業部の上司だった岩間部長に、結婚を前提に付き合ってほしいと言われたときは正直、舞い上がった。
部下に慕われ仕事ができて、歳は離れてるけどダンディーで素敵で、わたしも憧れてたから。

けれど、両家の挨拶も済ませたあと。
岩間部長に社長の娘さんとの縁談が持ち上がった。

その事実を、わたしは光の速さで広まった社内の噂で知った。
広まったのは昇進に目が眩んだ上司にわたしが捨てられた、という真実ではなく、ふたりの間を私が邪魔してる、二股をでっち上げて脅してるってな内容だった。

ファイルの落書きとか、そういう枝葉末節な嫌がらせが続き、社員から変な目で見られ、取引先まで噂が広がり、次第にわたしは追い詰められた。

ちなみに誤った噂を流したのは、岩間部長本人だった。優造さんみたいな、口が軽い他社の営業さんが教えてくれた。

岩間部長が、結婚が決まったのに部下のわたしに付きまとわれて困ってると、言いふらしてるって。

わたしは退職して。清掃員になって。

事務所の所長はちょっと頼りないけど優しいし、時給はまあ、けっこういいし。
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