カラフル
階段の、禿げたタイルばっか見てたわたしは、ゆっくりと緩慢な速度で顔を上げる。


「遅かったな、仕事忙しかった?」


ドアに寄りかかって立ってた順は、よっと背中に勢いをつけて一歩こっちに寄った。

わたしは目をしばたかせる。
幻じゃないよね、って。神さまに聞く。


「奈津? なんか目、赤くね?」


腰を屈めた順は小首を傾げ、わたしの顔を覗き込んだ。


「鼻も赤いね。寒かった?」


言い募りたいのはやまやまなんだけど、なんだかもう、胸がいっぱいで。
わたしは歩み寄ると、ぴったりとしがみついた。背中に両手を回して、胸に顔をうずめる。


「おかえり、順……」


コートは冷たかった。
いつから待ってくれてたのかな。

冷えた体が作用しあって、お互いを温めるために体温を上げようとする。
こんなにクセになる温もりに出会えるなんて、干し草の山から針を探すようなもんだと思ったんだ。

わたしにとっては。


「忘れ物、取りに来たの?」


だけど、順のためには。
もっと早く、こんなままごとみたいな関係に、終止符打たなきゃダメだったよね。


「忘れ物?」


掠れた声で順は反すうする。
< 38 / 43 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop