カラフル
「パソコン、取りに来たんでしょ?」


こないだパソコンの画面を見てしまった。順は、不動産屋のホームページを見ていたんだ。


『まだ売ってないって。ただいくらで売れるか調べてるだけ』


嘘だよね。

もっと早く、早く部屋借りて出てってよって、言える強さがあったらよかったのに。
わたし、ずっとここにいて欲しくて。


『割れ鍋に綴じ蓋って、俺らにぴったりだね』


ずっといてくれたらいいのに、って。

こうなることを考えないようにして、やり過ごしてきた。
だって、わたしはもう傷つくのが怖い。
欲しいものに手を伸ばすのが。だって、手に入らないもの。
がっかりするもの。

会社だってほんとは辞めたくなかったし、岩間部長にはずっと憧れてた。
でも裏切られて、誤解されて。反論するのが、自分の意見を言うのが怖い。

拒否されるのはかなしい。
ひとりになるのは。


「つかさ、寒ぃんだけど」
「、へ」
「入れてくんないの? なか」


真上から、涙でぐちゃぐちゃのわたしの顔を覗き込んだ順は、甘い声で言って頬の涙を指先ですくうと、堪えるようにクッと笑った。

わたしは洟をすすり、おずおずとコートのポケットから鍵を取り出す。鍵穴に差し込んで玄関のドアを開ける。


「どーぞ」


電気を点け、スニーカーを脱ぎ、薄緑色のドアを開ける。
部屋のなかも寒かった。

手慣れた調子でコタツのスイッチを入れた順は、「鍋でもやる?」悠長な声で言った。
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