その視界を彩るもの





綺麗事を言うつもりは更々ない。

けれど、この殴り合いって「あたし」が居る所為で起こったことなんでしょ?

そんなの、なんか気分悪いじゃん。後味だって悪いし。



「イサゾー、ガキんちょなんか放っておきなよ。なにも喧嘩買ってやることないじゃん」

『……は?』

「だってソイツ仲間なんでしょ?いちおう」




そう口にしながらもあたしが顎で指し示したのは、言わずもがな例の少年で。

言い方が悪かったことは認めるけれど。でもちょっと、あたしだって何かしらの反撃をしてやりたいとか思った訳で。



イサゾーは至極間抜けな顔付きであたしを見下ろしていた。

そんな奴に少しでも伝わるように、食い止めた腕に精一杯の力を込める。……まあ、然して握力だって無いあたしが奮闘したところで意味があるかどうかは不明だけれど。

だってイサゾー、考えてみなよ。そいつとまた遣り合って万一負けたりでもしたら最悪じゃん?

こいつより下に見られるのだけは嫌なんでしょ?

………あたしがこんな心配をすること自体、御門違いなんだろうけれど。






でも、震えるほど拳を握りしめていたイサゾーが力を緩めてくれたことが窺えて。

無意識の内に胸を撫で下ろした。だから、安心して手を離したのに。







「―――!! ッてぇ、」

『これで勘弁しといてやる』







穏やかな笑みを貼り付けたまま敏速にも走り出したイサゾーは、その勢いも借りて少年の頬にグーパンチ。

うっわ、最悪。グーパンだよグーパン!……マジで痛そう。



思わず固まったあたしは、自分が「うわ……」と声を洩らしていたことにも気付かなかった。

正直、そんなことを気にしている余裕なんて皆無な訳で。




イサゾーの一発が引き金となり、辺りには再び不穏な空気が漂い始めたから。





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