その視界を彩るもの
脳裏に浮かんだ万里少年。先ほど路地裏でイサゾーから強烈な一発を食らったせいで、伸びてしまったそいつを思い起こす。
それにしても、今更だけど。あのまま放置してきて良かったのだろうか。
イサゾーに問い掛けたところで『いいに決まってんでしょバカじゃないのアンタ』と言われるのがオチだし、止めておいた。
「ねえイサゾー」
『なによ』
「なんで、あんなに怒ってくれたの?」
何気なく吐き出した言葉尻。
真横であたしの狭い歩幅に合わせて歩みを進めてくれていたイサゾーが、前触れ無く立ち止まったせいで目を丸くした。
キョトンと間抜け面も好いところで振り返る。二、三歩詰めれば触れられる距離だった。
「………、イサゾー?」
イサゾーの背後で沈み始める太陽が眩しくて、思わず瞳を細めてつぶやく。
辺り一面がオレンジ色に染められていく。逆光に阻まれて、その表情を窺うことは叶わなかった。
その胸中で渦巻く思いと葛藤なんて知らずに。
あたし自身の思いが形を成し始めたことすらも気付かずに。
イサゾーとあたし。気付けば、他の人間が入り込めないほど互いに依存していたのかもしれない。
素性を家族以外に曝すことのなかったイサゾー。
友人たちには上っ面で適当にしか接してこなかったあたし。
そんな二人に共通していたこと。
それは、必要以上の関与や干渉を避けていたことだったのかもしれない。
『………なんでかしらね』
自問するように言葉をおとしたイサゾーの声音は、その隔たれた距離のせいであたしに届くことは無くて。