その視界を彩るもの
心配さを前面に押し出して視線を向けてくるイサゾーを、少しだけ身を起こした状態で仰ぎ見る。
なにがどうなってるのか……嗚呼、そっか。放課後に女の子たちを撒いて裏門から出て、
「……ッ」
『余計なことは考えなくていいから。まず、落ち着きなさい』
再び過呼吸へと身を投じそうになったあたしに、透かさずイサゾーから窘めの言葉がおとされる。
その手が背中をゆっくりとさすってくれる。そのたびに涙腺が刺激されて、別に泣きたくなんてないのに涙が溢れ出た。
声も洩らさず、止め処なく頬を濡らす涙をそのままにしているあたしを見兼ねたイサゾーがティッシュで無理矢理拭い始めて。
「ちょ、……っと待って!」
『汚いじゃない。せめて鼻水はなんとかしなさいよ』
「つ、ツケマとれるツケマとれる!」
呼吸が整い始めたおかげで、そうイサゾーに反論することもできて一安心……と、思いきや。
慌てて泳がせたあたしの腕を瞬時に掴み取ったイサゾーに、ぽかんと間抜け面を晒してしまった訳で。
『おさまったの?良かったじゃない』
「うん。それは良かったんだけど……」
『なによ』
「腕、どうしたの?」
『……』
まだ完全に呼吸が落ち着いたわけでは無いから、たどたどしい口調にはなったけれど何とかそう問い掛けることができた。
どうせ何となく掴んじゃったんだろうし、軽くそう言葉にしただけで。
だから「離さんのかい」と冗談混じりに口にしたあたしをイサゾーが真剣な眼差しで見つめてくるなんて、正直これっぽっちも予想していなかったから。
「……イサゾー…?」
『………』
まるで不安が伝染してきたかのように。あたしまで、笑ってもいられなくなった。