その視界を彩るもの
立ち止まったまま足を踏み出すことができない。
目の前の、横断歩道の先の―――妖しいネオンが煌めく「そっち」は、皆に行ったら駄目だって言われていた方だった。
お母さんとかお兄ちゃんとか、あと、お父さんにも。
なんでお父さんが「行ったらいけない方」に居るんだろう。
あの場所には恐い人もいっぱい居るって言ってたのに。忘れちゃったのかな。
小刻みに震える脚は必死に梢自身に畳み掛けていた。「早まるな」って。
それに、学習塾は反対側にあるから。
取っている授業のコマに間に合うようにするなら、今すぐに此処から立ち去らなきゃいけない。
でも、お父さんがあそこに居る。
梢の内心は焦燥で塗り潰されてしまっていた。
少し冷静になれば、そんな筈はないと彼女自身わかっていたのだろう。
けれど、
「(お父さん……もしかして、あの女の人に無理矢理…?)」
腕に絡み付く女性に至高の笑みを向ける父親の姿に気付くこともしなかった。
梢は、自分自身が立てた「仮説」に戦慄する。
私が助けなきゃ。お父さんを、連れて帰らなきゃ……。
強くアスファルトを蹴った彼女を突き動かしたのは、父に対する純粋な思いそのものだった。