その視界を彩るもの
/この視界が捉えたもの
青々と茂る木々が造形する獣道をただひたすらに突き進む。
燦々と降り注ぐ陽の光に起因してじわり、額には大粒の汗が滲んでは肌を伝って落ちていく。
時分は真夏。7月の終りである。
脇に抱え込んだ竹製のバスケットを落とさないようにしっかりと持ち直し、取り零しが無いかどうか中身を一瞥。うん、忘れ物は無いかな。
おばあちゃんから預かってきた瑞々しい野菜たち。
それを近所の《アケタじいさん》にお裾分け。と言っても、此処らは辺鄙な田舎町だから同じ町内をまわるだけで日が暮れてしまう。
「………うわぁあああっ、アブ!!」
ぶうううん、と大仰な羽音をたてて頭上を飛び越えて行った黄褐色の大きいやつ。
思わず身を縮こまらせてバスケットを抱き締める。幾ら虫に対する免疫が付くと言っても、蜂や虻の類は苦手なのだから仕方が無い。
一方的に厭っていることに違いはないのだけれど。
そうこうしている内に、目的のお宅が視界に映り込んできた。
余り見ないようにしていた脚や腕には、何匹かヒルがくっ付いていた。うええ、最悪。
一応防虫スプレーは振り撒いてきたのだけれど、おばあちゃんちにあったそれらは疾うの昔に使用期限が過ぎてしまっていたから。
効かないかなあとは思っていたけれど、全然駄目じゃないか。
「アケタじいさーん!」
大声で家の主の名を叫ぶ。しかしながら、待てど暮らせど返事のひとつは疎か人の気配すらしない。
参ったなあ。出掛けてるのかもしれない。
少しでも都会の地に引っ越したとあらば、残念ながら間違いなく変人になってしまうだろうアケタじいさんを脳裏に思い浮かべて溜め息をこぼした。