その視界を彩るもの
そしてそのイサゾーの言葉はアカネにも思わぬダメージを与えたらしい。
ふと緩んだ腕を好機と見たあたしは、アカネが「あっ」と声を上げてもそのまま腕から抜け出した。
そして一心不乱にイサゾーの許まで走り抜ける。
「―――あっ」
『ッぶね』
その直前にコケてしまったあたしをイサゾーが抱き留める。
瞬間的に耳元でおとされた「男」っぽいその声に、ぐんと心拍数が引き上げられた。
焦ったときはオネエ言葉になるとか自分で言っていたくせに、どういう訳かたまに出るこうした発言って心底狡いんじゃないかと思う。
鼻先を掠めるフレグランスに、くらりと脳が揺れた気がした。
「―――ッ、アンタねえ…!」
呆気なくあたしを手中にしたイサゾーを見て激昂したらしいアカネ。
でも当のあたしからして見ればアカネに掴まれているよりもイサゾーの腕の中でじっとしていたほうが落ち着くから、なんとも言えない。
て言うかあの告白をどういう風に受け止めたら良いか未だに全くわからない。
だって、あたしはアカネのことをそういう風に見れないから。
人を好きになるってことは尊いこと。
だからこそこの場で断ることでアカネが傷付くのは目に見えているし、心底狼狽した。
それにあたしはきっと―――、
『アンタ、』
「イサゾーいいよ。……アカネごめん、聞いてほしいことがある」
鼻腔を尚も擽るイサゾーの匂いに落ち着かせてもらう。
大きく呼吸をおとしたあたしは、目を丸くして視線を投げてくるアカネに向かって。
「あたし好きな人いるから。アカネだって知ってるじゃん。だから、アカネの気持ちには応えられない」
それはここ数週間ずっと悩んで、悩み抜いて出したあたしの答えだった。