その視界を彩るもの
なんだろう、と。垂らしていた頭を再び持ち上げ視線をのぼらせると。
『駅前に新しくできたカフェの無料券。コレあげるからシャドウはアタシに譲ってよ』
「……カフェ……」
『ね。制限ないから一番高いドリンクでも頼んじゃいなさいよ』
再び上げた視線は自然におねえイケメンの顔面にぶつかる。中性的にこぼされる声と一緒に、柔に相好を崩すその姿がなんとも印象的だった。
そして『じゃーね』なんて。指先をひらひらと泳がせながら背を向ける私服のその姿は、まるで雑誌から飛び出してきたモデルのようにも思えた。一瞬、だけれど。
「―――、待ってよ!!」
気付けばあたしは、声を張り上げて正体不明のそいつを呼び止めていたんだ。
途端に、驚くように振り返るおねえイケメン。
あたしの手に握らされたカフェの無料チケット。
やつの手に尚もおさまる、大好きなブランドの新作アイシャドウ。
別に良かった。だって家に帰ってからPCででも検索すれば、きっと通販でも買えるだろうし。
ただ、問題はそのシャドウじゃない。
「ひとつだけ条件を呑んで欲しいの」
目を丸くして立ち止まる、見た目は普通に男であるおねえイケメンの真横付近。
そこまで足早に近づきながら口にするあたしはきっと、
「そのシャドウ、いつでもいいから一回だけ使わせてくれない?」
人生で初めて、《赤の他人》に興味を持った。
そんな気がする。