その視界を彩るもの
訳も解らず視線を寄越したイサゾーと見つめ合うこと数秒。
その間にも何らかの決心を済ませたらしいイサゾーは「ウイ」と小さくあたしの名を呼ぶ。
その表情から察するに相当重要なことに違いない。
思わずごくりと喉を鳴らし、固唾を呑んでいたら―――
『逃げるわよッ』
「はあ!?」
ガッチリとあたしの手を掴んで言い切らない内に走り出した。
て言うか速すぎ!イサゾーくん、速過ぎるんですけど……!
抗議の声を上げる余裕すら無く、背を向けるイサゾーの手に導かれて加速度を増すその逃亡に専念する他ない。
想像以上に大きな手があたしの手を包みこむ。
本音を言うと走っていることに文句を言うよりも、「手を繋いでいる」事実に心臓が破裂してしまいそうだった。
恋は盲目とはよく言ったものだと再認識。
あたしが自分の中である意味葛藤を繰り広げていれば、その内にも奴は目的を果たしてしまったらしく。
忙しなく交差させていた脚が次第に減速していき遂に立ち止まったと思えば、呆気ないほどスルリと解放された手。
淡く込み上げる寂寞感を呑みこんでイサゾーを見上げてみる。
「ど、どうしたのいきなり?……イサゾー?」
『……ああ、ゴメン。いきなり走ったりして大丈夫だった?』
「それはいいけどさ」
上がる息を抑え込んで途切れ途切れに言葉を吐き出す。
肩を大きく上下させての呼吸を繰り返すあたしに反して、イサゾーはやっぱりと言うか何ていうか取り立てるほど乱してはいなかった。
『……』
ただ、今も目を鋭くさせてさっき身を置いていた場所を凝視している姿に迂闊な発言は憚られたから。