その視界を彩るもの




後ろで必死に脚を動かし付いてきてくれている梢ちゃんの呼吸も大きく乱れているのが判る。

だけど此処で立ち止まったらきっと‥――


―――バタバタバタッ


もう隠すことも止めたのか、背後からあたしたちを追う影の存在を色濃く認識した。

その様子に梢ちゃんも異変を感じ取ったらしい。

走り始めたときにあたしの鼓膜を揺らしていたソプラノの戸惑う声は、いつの間にか消えてしまっていたから。


いや‥‥単にこの逃走に体力を根こそぎ奪われてしまっているからかもしれないけれど。

先導こそすれども当のあたしだって死に物狂いだ。

追い掛けてくる影に捕まったら駄目だって本能で判っているから、こうやって必死で逃げている。


ただ梢ちゃんの手だけは、何があっても絶対に離すもんかと誓った。




突如として目の前に現れたブロック塀の曲がり角。

なんの迷いもなくその路地を突き進む。

正直頭の中は「逃げなきゃ」‥‥その一点に絞り切っていて、此処らの地形を深く考えている暇は無かった。


後ろから迫り来る追っ手。

そいつらから何が何でも逃げなきゃいけない。

梢ちゃんを、イサゾーの大事な妹を。危険な目に遭わせるわけにはいかない。






‥‥あたしをこんなにも突き動かすものは一体何だったのか。

なんでこんなにも必死になって逃げていたのか。

諦めちゃえば良かったのに。案外、どうにかなったかもしれないのに。

今となっては自分でさえ分からない。

それでも、ただ一つだけ解るとすれば――



「初さん!!!」




このとき眼前に現れた分かれ道の選択が、「最悪」かあるいは「マシ」か――‥どちらかの結果を選ぶことになったということ。



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