その視界を彩るもの
下の階から母親の呼ぶ声がする。
‥‥きっとイサゾーが来てくれたんだろう。
でもあたしは出て行くことができない。
毎日毎日、イサゾーに無駄足を食わせちゃってる。
ごめんねイサゾー。でも、まだ外に出る勇気も顔を合わせる勇気も無いんだ。
これで学校を休んで何日目になるかも解らない。
足繁く通ってくれているのは、イサゾーだけじゃなくてアカネたちも同じ。
でもやっぱりこの部屋から出る勇気は持てない。
「‥‥さむい」
カタカタと震えを持つ身体に巻き付いていた毛布を口許まで引き上げる。
別に部屋の中が冷気で満たされている訳じゃない。
寧ろストーブの火が満遍なく行き渡っていて過ぎるほど暖かだと思う。
でも、身体の震えが止まらない。
あの日のことがフラッシュバックするのを止められない。
「‥‥ごめん‥‥」
その呟きはイサゾーに宛てて放たれた小さなちっぽけな、あたしの叫び。
こんなことを思ってごめん。
助けに来てくれたのに。
余計な傷を負わせてごめん。イサゾーだって辛いのに。
玄関でお母さんがイサゾーを送りだす声が聞こえる。
すごく申し訳なさそうに口にするその声に、なんだか泣きだしそうになる。
本当はあたしだって直接会いたいよ。
会ってちゃんと話がしたいよ。
‥‥でも、今はどうしても無理‥‥だって。
だって、もし今イサゾーの顔を見たらあたしヒドいことを言ってしまいそうだ。
あんなにも大切に想ってきたイサゾーに醜い感情をぶつけてしまいそうだ。