その視界を彩るもの




笑顔で口にできて良かった。

傘をイサゾーに手渡し、あたしはそのまま家に入ろうと方向転換する。

この場を過ぎたらもうきっと逢うことなんて無い。

あたしは巷で有名なイサゾーを度々見掛けるだろうけれど、その他大勢なあたしをイサゾーが目にする機会なんてきっと無い。


傘から一歩、足を踏み出す。

その瞬間に髪を叩いた雨粒の強さに寒々しい気持ちを覚えたけれど、立ち止まらないで行く。

お揃いのハニーブラウンも、週末には違う色に変えてしまおう。

この優しくも哀しい「恋」を、思い出さなくても済むように。




ほぼ固まっていた気持ちを胸に二歩目を傘から離そうとした、その瞬間だった。



『なに勝手なことばっかり言ってるのよ』



――‥ぎゅう、強く握られた腕に再び引っ張り戻される。

それは全く以て予想外の展開で。

目を最大限に見開いたあたしは、引き戻した張本人であるイサゾーを情けなくも口を半開きにして見上げた。






『なんでアンタが好きだからって、アタシともう逢わないのよ』

「だ、だって‥‥イサゾー困るでしょ?」

『はァ?なにが? ホンット意味不明』



眉根を寄せてあたしを見下ろすイサゾーは迫力満点で正直恐い。

だからしどろもどろに目を泳がせるあたしを見て更に怒りが増したのか、目を吊り上げた奴は徹底的に叱ってくる。

ちょっとちょっとちょっと。‥‥なんであたし告白したのに怒られてんの?



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