その視界を彩るもの
もう何も言うまいと眼前で差し出されたグラスを傾ける彼女。
その様子を男は変わらず刻み込んだ笑みで見つめ続ける。だから居心地の悪さは拭えない。
「‥‥何よ」
「いや?百合に走っちゃうキミも可愛いよなー、って」
「喧嘩売ってるなら買うけど?」
「それだけ好きだったんじゃねえの?諦めつくわけ?」
‥‥そうやって痛いところを突いてくるから、此処から足を遠ざける羽目になったのだ。
ここは好きだ。
誰の目を気にする必要もなく、目的を持たずに来ることができるから。
今の自分自身の立ち位置や想いの大きさに気付いていなくても。
「‥‥これで良かったのよ。今の関係のほうがあの子の傍に居られるから」
「へえ」
「じゃ、そろそろ帰「待ちなよ」
鞄を手に立ち上がりかけたその刹那。
彼女の腕を身を乗り出して「パシリ」――‥掴んだそのバーの主を若干目を丸くして見上げる。すると、
「‥‥代わりと言っちゃアレだけど。俺なんてドーデショー?朱音ちゃん」
「な、んであたしの名前‥‥!」
「街の情報通ナメてもらっちゃ困るよ」
クツリクツリと至極愉しげに頬を綻ばせる確実に年上のその男。
腕の拘束から逃れるように身を引けば引くほど、その繋がりは強固なものへと変わっていく。
「――‥ついでに言うと普段のキミよりも今のカッコのほうが俺好みだけどな?」
「ッ、聞いてないし!つーか何それ、ストーカーじゃん!」
「うわー、傷付くわー。そんな犯罪的名称で罵って欲しくないんだけどなー」
そんなことを言いながらもその頬は緩みを継続させていたわけで。
「で、どう?試してみたくね?」
不敵に笑う目の前の男からはどう足掻いても逃れられないだろうと、彼女は諦めに近い心境で溜め息を吐き出す。
けれどその胸中は比較的和いでいた。
【――‥ end ?】