その視界を彩るもの




* * *



高校時代にイサゾーが住んでいたボロアパートを引き払ったのは記憶に新し――‥と、言いたいのは山々なのだけれど。

驚くなかれ。なんとアイツは今でもその場所に住んでいるのだ。

今や梢ちゃんだって"天龍"のことは知っているわけだし、隠す必要は無くなったと思うのに。

どういう訳かこのアパートを酷く気に入ってしまったらしいコイツは、退去を頑なに拒んでやまないのだ。



『あ、‥‥ちょッ、ちょっと待っててウイ!!悪いけど!!』

「え?」

『片づけすんの忘れてっ、「なにを今更恥ずかしがってんの」



合鍵まで渡している癖にその慌てっぷりは如何なものだろう?

思わず吹き出した笑みをそのまま口許に貼り付け、イサゾーの必死の制止をするりと潜り抜け四畳そこらの居間へGO――‥したのは良いけれど。





「‥‥これは‥‥」





予想だにしていなかったその光景に口をパックリ開けて驚きを露わにする。

『だから言ったのに!』と慌ただしくソレラを押し入れに押し込むイサゾー。

そのまま背を向けて振り返る気配すら無いイサゾー。

でもその肩がぶるりと震えを持っていることから見て、たぶん相当動揺しているんだと思う。


当のあたしはと言うと、怒りより揶揄より何より、



「イサゾー?」

『‥‥』

「返事してよ‥‥」




やっぱり無理させてたんだろうなって、少なからず後悔してしまう他なくて。



< 300 / 309 >

この作品をシェア

pagetop