その視界を彩るもの
じりじりと肌を焼く太陽が眩しくて目を細めていたら、ふと視界の端に映り込んだ見覚えのある風貌が私の中のセンサーを捉える。
それは正しくアケタじいさんの恰好そのもので、本人であると認識したから。
「アケタじいさん!なんで返事しないの!」
「ほっ」
「"ほっ"じゃないよ、もう。どんだけ探したと思ってるの~」
釣竿を肩に乗せて振り仰いだアケタじいさん。その眸が私のことを映し出すや否や、爛々としたガラスのような輝きを含ませて一度大きく頷く。
その手にあるのがミミズだと気付いた瞬間、小さく顔を顰めるけれど離れることはしない。そのミミズはきっと魚の餌になる筈だし、ミミズくらいで騒いでいたらこの地では生きていけないから。
アケタじいさんの隣に同じようにしゃがみ込み、その釣竿の糸が水面に吸い込まれてゆく様をジっと見つめていた。ミミズの姿はもう見えない。
「梢《こずえ》ちゃあん。なしたぁ」
「野菜持ってきたんだよ。ウチのおばあちゃんからアケタじいさんにお裾わけ」
「んだあ、さいさい。めーわぐ(迷惑)かげだねぇ」
そんな言葉を口にしながらも、その眼はジっと水面から離れない。こうなったアケタじいさんは、相槌は打ってくれていても動こうとはしないのだ。
だから無理に急かすことはしない。そういう風に爺さんの行動パターンを把握できるくらいだから、私も此処の生活に染まりつつあるのだと思う。
「梢ちゃあん」
「なーに?」
「夏休みあげ(明け)だら、学校行くんかい?」
「………わかんない」
珍しいことだった。アケタじいさんが釣りの最中にも関わらず自ら話を振ってきたこと。
だけれど私が一番驚いたのは、一度きりしか話していなかった「私自身」の身の上話。それを高齢のアケタじいさんが覚えてくれていたことが意外で、思わず目を丸くした。