その視界を彩るもの
『アンタのぶん。食べるんでしょ?お疲れ様』
――――確かにムカッときていた筈、なんだけれど。
「……うん。たべる」
『はいフォーク。あ、ちょっと待ってウイ手ちゃんと洗ってきた!?』
「失礼な!洗ってきたよホラ、超キレイ」
『それなら良いけど。美味しいわよー』
「待っててくれても良かったのに」
『だってもう臭くなくなってたじゃない。アタシお腹ペコペコだったのよ』
「イサゾーが"ペコペコ"とか言っても可愛くないからね」
『ちょっとアンタ、表に出ましょうか』
目の前でこれ以上ないくらい破顔してケーキを頬張るイサゾーを見ていたら、なんて言うか。
正直どうでも良くなってしまったのだ。
そして後で知ったこと。
イサゾーんちの排水口から腐乱臭がしてしまう日は、必ず奴にとって「ブルー」なことがあるときに限るらしく。
『………ちょっと妹と色々あってね』
「妹とかいたんだ。ケンカ?」
『まあ、そんなところ』
きっとイサゾーだってこのとき、あたしに「妹」関連の話をするつもりは無かったんだと思う。
ぽろりと零した奴の表情は、驚くほど。例の「黒いボックス」の中身を見せてくれたときのそれに似ていたから。
「なんだ、なら早く仲直りすればいいのに」
特段なにを思うことも無くそんな言葉を向かわせたのは、他でもないあたし自身で。
でも、この頃は何ひとつとして状況を理解していなかったから。
そうね、と。眸をやや伏せながら返答したイサゾーを見て、疑問に思うことはあっても後悔することはなくて。
それは強烈なほどに不躾で、無遠慮な攻撃だった筈なのに。