その視界を彩るもの
「行きたいとは思うけど、なかなか踏ん切りがつかなくて」
それは紛れもない私の本音で。しゃがみ込んだ腕でそのまま両膝を抱え込むように俯けば、水面から爺さんが釣り糸を引き上げた気配がする。
それでもそのまま顔を上げずにいたら、もう一度「ぽちゃん」と釣り針が水面に沈んだ。
「勇蔵《いさぞう》は、元気かあ」
「……会ってないからわかんないけど、勇兄、ひとり暮らし始めたんだって。お母さんが電話で言ってた」
「男ならあ、向ぎ合わねぇばねえ」
「それ、アケタじいさんが直接言ってよ。私とは口もきいてくれないんだよ」
「こご(此処)さぁ、連れてけえ」
「それなら私が帰らないといけないよ」
洩れ出す溜め息は必然で。地元で嫌なことがあった私は逃げるように、母親の実家のある田舎町にやって来た。そして今も此処にいる。
ずっとこのままでは居られないことは解っていた。けれど、煌びやかなネオンを視界が捉えるたびに泣きそうになる。
フラッシュバックが恐くて「都会」そのものを受け入れられない。
此処に来てから既に数週間。学校のみんなは夏休みに入ったらしく、此処に来る途中まで受信していたメールも電波がない所為で今ではからっきし音沙汰無し。
「私ずっと、此処で過ごそうかなって思ってる」
話している相手はアケタじいさん。けれど、ずっと胸の奥底で燻ぶっていたこの想いを口にするべき相手は他にも沢山、たくさん居る。
「逃げ」だと思われても構わない。この町なら私自身をずっと脅かしていた恐怖とは無縁だし、それが理解できるからこそお母さんも反対しなかった。