その視界を彩るもの
「………殴るよ」
『ちょ!待って待って、ごめんホント!悪気はないんだってば、鏡見てみなさいよアンタッ』
「かがみ…?」
小さく首を傾げたあたしは、此処に侵入する際に投げ出したせいで窓際に放置されたままになっていたペッタンコの鞄を引き寄せる。
そして目的の大判ミラーを手に取ると。
「…………うん」
『でしょ?』
「うん」
これはさすがに、何て言うか。
だって鏡の中のあたしはさながら妖怪だった。雨に濡れ強風にあてられた所為でツケマは取れ掛かり、ぶらぶらと瞼の上で踊っている。
折角時間をかけて描いた眉もまた然り。
眉なし妖怪、「ツケマとれる」みたいな。まるでホラー映画に出てくるお化けだ。
「………イサゾー、色々とごめん」
『もう慣れたから別にいいわ』
「あ、そう……」
再度ごそごそと鞄の中にミラーを仕舞い、潔く宙ぶらりんのツケマを取っ払う。
それを目の当たりにしたイサゾーは『おお!男前ね』なんて。そんなところで感動されても嬉しくない。
そしてちらり、視線を上げたあたしは。
「イサゾーんちってメイク落としあったりしない?」
『アンタね……。普通無いでしょ、男の家に。ああ、でも母親がくれた使い捨てのならあった気がする』
「マジ?それ貸して。ついでにシャワーも借りていい?」
そのお母さんの、らしい使い捨てのオイルを探す奴の背に声を投げ掛けて既に数秒。
反応がないことを不思議に思いながらも「おーい」なんて。
再度呼び掛けると、隻手に目的のブツを握り締めたイサゾーは間抜けにも口を半開きにしてから。
『………アンタ今、なんて言った……?』