その視界を彩るもの
『鞄貸して、持つから』
「え……これくらい大丈夫だよ」
『いいから。またゲロ吐かれても困るんだから』
「(吐いた訳じゃないんだけど……)」
半ば強引にあたしの肩に掛かっていたペッタンコ鞄を奪ったイサゾー。
右腕にこのお店の袋を提げて、反対側には自らのスクールバッグと今し方あたしから取り上げた鞄を引っ提げていて。
『ほら、行くわよ』なんて急かしながらも歩調はあたしの其れに合わせてくれていることが明白だった。
本当、優しいんだから。不機嫌そうな顔しちゃっても、その裏では此方への気遣いを欠かさないところとか。
「……あ。家、電話するの忘れてた」
『はァ!?さっき待ってる間なにしてたのよ、アンタ』
「だいじょーぶ大丈夫!着いてから連絡するからー」
『……、…あっそー』
既に宵に呑まれた駅前を、イサゾーと一緒に進んでいく。
数時間前に起こったことを忘れた訳じゃない。けれど、不思議と恐くなかった。
隣に居るイサゾーがあたしの存在を横目にちゃんと捉えながら進んでくれているから。
隣に居るのが、助けてくれたのが、他でもないイサゾーだから。
不器用で、加えて恩着せがましいの「お」の字すら見付けられないくらい。
そんな奴の厚意は当のあたしには充分すぎる程伝わっているから。
「………ありがとう。イサゾー」
『は、なに?聞こえなかった』
「なんでもなーい。イサゾーってやっぱり変な名前だなあ、って言ったんだよ」
『んだとこのアマ』
聞こえている癖に。白々しい態度取っちゃって。
やっぱり若干キレたイサゾーを尻目に、あたしは頬がゆるゆる持ち上がるのを止められない。
夜空に浮かぶ星を見上げたのは、純粋にそれを視界におさめたかったからでは無くて。
言葉にしたら、感謝を伝えようと音に乗せたら。
胸中のずっとずっと奥のほうで燻ぶっていた感情が、決壊して涙に姿を変えたから。