その視界を彩るもの
先に脱衣所に入ってしまえば奴の為す術は無いに等しい。
鼻歌でも唄いそうな心持ちで宣言通りシャツをたくし上げ、ポイッと投げ捨てる。
「いいからいいから。イサゾーは居間で待っててー」
『アンタァ……後で覚えておきなさいよ』
「あ。タオル貸してくださーい」
『(イラァッ)』
扉越しでも奴の怒りのボルテージ変動が手に取るように分かる。
それを想像しつつニヤリと口角を持ち上げるあたし。ケケケ、イサゾーめ思い知ったか。
先日借りたことで勝手知ったるイサゾーんちの浴室。
躊躇もせずに纏っていた服をぽいぽい脱ぎ捨て、間を置かずにガラリと古びた扉を開け放つ。
「………」
この間のあたしと違うことと言ったら、一つだけ。
あの男らに強く腕を引かれた際に掴まれていたところ。
制服を着ていたからそう目立つことも無かったけれど、こうして何も纏っていない姿だと嫌でも目に付く。
赤く腫れているかのように見えるそれは、否応なしにあたしの意識全てを奪い取る。
カラン、腰を下ろしたことで陳腐な椅子――防水加工の施された浴室専用のもの――が小さく悲鳴を上げた。
赤と青が走るそれをキュッとまわせば、壁に掛けられたままのシャワーヘッドから温水が降り注ぐ。
椅子に座ったままのあたしは、避けることもなくそれを全身で受け止めた。痛いくらいに。
……忘れたかった。できることなら、今日起こった全ての出来事をリセットしてしまいたくて。
何も無かったことは事実。それを思って悲嘆に暮れる必要だって無い。そんなの、頭では分かってる。