その視界を彩るもの
それこそ比喩では無く眼前に迫ったイサゾーの顔面。そうさせたのは、他でもないあたし自身なのだけれど。ほら、だって勢いよく顔上げたし。
「イサゾーはダチ」と幾度となく繰り返してきたあたしですら、余りの至近なそれに思わず息を呑みこんだ。
尚もイサゾーがタオルの上に手を置いている訳で、そのタオルは言うまでも無くあたしの頭上に乗っている訳で。
だからその、綿織物越しだとしても、直に奴の体温をじわりと感じてしまう。
鼻先を擽るイサゾーのフレグランス。あたし自身の意志とは関係なく、今日助けられたときにその体温に包まれたことを思い出す。
―――どのくらい、距離が近いのかって?
「ごッ、ごご、ごめんイサゾー!」
『あ、アタシもぼーっとしてたから…!び、っくりした……』
「……あたしも……」
『………』
「……」
『あー……、アタシも、うん、シャワー浴びてくるわ』
「そ、そうだね!うん、いってらっしゃーい」
『いってきまーす……、』
今し方イサゾーに問うていた内容を取り零したことにすら、気付かないまま。だって、あれはさすがにあたしでも動揺する。
僅か数センチくらいしか存在しなかったんじゃないだろうか。
互いの息遣いですら感じ取ることのできる距離。あれは最早、隙間と言っても過言ではないんじゃないか、なんて。
「………やば………」
浴室のほうへと姿を消したイサゾー。
その背中を呆然と見つめながら、尚も早鐘を打つ心臓を布越しにぎゅっと掴む仕草をする。
どちらかがもう少しでも動いていたらぶつかっていたであろう、唇にそっと指先を這わせて。
忙しなく爆音を奏でる心が落ち着くまで、あたしはその場から動けずにいた。