その視界を彩るもの
/萌芽
翌朝。結局勇蔵の部屋で一夜を明かした初は、未だ寝惚け眼の友を見て笑いながら玄関の扉を開ける。
彼女が家に帰ることに漸く気が付いた勇蔵はハッと表情を引き締めると、すぐに初のあとを追った。
あくまで気丈に振る舞う初に反し、未だ「外」では警戒を緩めることの無い勇蔵。
幾度となく遠慮を口にした初をバッサリと一蹴し、結局最寄りの駅まで送ることにはなったものの。
『………変ね』
「イサゾー?どうしたの」
『んーん、ごめん独り言』
首を傾げる彼女に知らせる必要は無い。
ただでさえ昨日忘れたくなるほどの出来事に巻き込まれたのだから、これ以上矢鱈に初を恐がらせる必要は無い筈だ。
それにしても抗いようもなく緊と感じる視線。
勇蔵自らが日頃からそういった世界に身を置くことにより培われた鋭過ぎるほどの勘が、意志とは関係なく存分に発揮されていた。
『(……誰かしらね)』
勇蔵の住んでいるのがボロアパートだということとその場所を知る人間は限りなく少数だ。
初と家族。それ以外には伝えた覚えもないし、この先言うつもりも無い。
それは無論 《天龍》メンバーにだって当て嵌まること。
――――ただひたすらに感じる視線。注視されている。
そしてその標的が勇蔵ではなく隣の初であることは容易に窺い知れた。
斜め下で欠伸を噛み殺している初をそっと見つめる。
ひと波乱巻き起こりそうだと、漠然と感じた。