lost sheep
✥ ✴ *
授業中。雪生は鼻の下にシャープペンシルを挟んで片手で頬杖を着いている。
さて、どうやって拾ってあげよう? ここは一つ王子様のようにお姫様だっこをして、『わたしが拾って差し上げよう』と、救うべきか。
ゔ~ん…唐突すぎるな…。
ていうか、アレ(首にぶら下がっているもの)は本人に見えてるのか? 見えてなければ『もしもし札がぶら下がってますよ?』『何言ってるのこの人?』と、良心があるが故に変人扱いされてしまう。
これはいかん。
見えていれば『ボクが拾ってあげますよ』『ありがとう。あなたを待ってたの!』なんて、お礼にチューの一つでも…。
よし。まずは観察だっ!
頬杖を止め、シャープペンシルが机の上にポトリと落ちる。右手で拳を握り自分に気合を入れた。
《 かくして、どうやってこの迷える子羊を救うべきか、
この日からボクの救出作戦が始まった。 》
まずは基本から。
廊下で有莉が通り掛かるのを待って、有莉の上履きの踵を雪生は物陰からじっと見た。その後、教室に戻る有莉の後をつける。
「深原。2-A。と、ふむ」
メモる。
また別の日には校庭の草陰に潜んで、昼休みに友達と会話をしているのを盗み聞きする。
「で、有莉は?」
「あたしは吉右衛門」
有莉がさらりと答える。
「………」
会話が止まり一緒にいた友達が言葉に困る。
「年上o.k。と」
メモる。
放課後の帰り道。寄り道したファストフード店で有莉が、
「バナナシェイク」
と注文。
《 バナナ好き 》
レンタルショップで、
《 ディズニー好き 》
と、ストーカーの様に尾行。そしてメモる。
✥ * *
《 さて、どうしようか? 》
雪生はレンタルショップでバイト中。
レジで。隣にいた眼鏡をかけた冴えないバイト女子に訊いてみた。
「なぁ? 口説かれるならどういうのがいい?」
「え!? そ、そりゃ…映画のように…素敵な…
(も、もしかして、あたしのこと…? ドキドキ…。)」
↑
勝手に赤面している。
「映画かぁ…」
客も疎らで暇な店内。
アドバイスを受けて、何かのヒントにと、早速、雪生は店内を見回った。手には【店長お薦めNo.1】の恋愛映画のDVDを持っている。
「よ! お疲れ」
チュッパチャップスを加え、暇つぶしに友達のバイト先にチャチャを…いや、参観をしに来た時朗。
「なぁ、お薦めのラブ・ストーリーってある?」
恋愛映画など滅多に観ない雪生が参考にと訊いてみた。
「は?」
「やぁ、口説くのに参考にしようと思って」
顎に手を当て、真顔で言った。
「何? おまえ、好きな女できたの?」
驚きのあまり、加えていた飴を落としそうになった。
「?」
「今、口説くって言ったろ?」
「……」
口説く=好き…? オレはただ拾ってくれっていうから…。
時朗の一言に雪生は混乱する。
❈ * *
翌朝。
有莉を見かけ、昨日の時朗の言葉を思い出す。「好きな女できた?」
ドキッ! とする。
バクバクバク…。
鼓動が速まり胸に手をやった。
《 まさか…っ! 》
なにがなにやら…。体温が上がり、全身にじわりと汗をかいた。
*
休憩時間。男子が数人集まって教室でトランプをして盛り上がっていた。敗者は罰ゲームとなっている。
「誰だよ、ここ止めてるの! 早く出せ‼」
「お、こっちに雪生がカード持ってるぞ!」
「止めろ、止めろ」
「ハッハッハッ…!」
「バ、バカ、…持ってねーよ。… 」
で、雪生が負けた。
罰ゲーム実行の為、みんなで雪生をいじくっている。髪の毛は前髪をチョンマゲ。顔に落書き。ジャージの上着をズボンにINした姿の雪生。
「これで校内一周」
「ハッハッハッ!」
男子4人が雪生を囲んで笑っている。
「………」
腕組みをしてムスッとしている雪生。
乗り気では無いが、罰ゲームなので、仕方なくその恰好で廊下に出た。
通り掛けに雪生を見た生徒はクスクスと笑っている。早く終わらせようと、廊下をスタスタ歩いていると、階段を上がって来た有莉とバッタリ。
《 あっ!! 》
雪生は慌てて引き返そうとした。
「おい! まだダメだよ!」
動画を撮っていた友達が声を上げた。罰ゲームを見届ける為、一緒にいた周りの者が引き止めて羽交い絞めにする。
「バカ! 違うって…」
気になってチラッと有莉を見ると目が合った。
クスクスと笑われてしまう。
《 だーーーーっ! もぅ! こんなん見られてバカ丸出しじゃん‼ 》
赤面。
✻
放課後の下駄箱置き場。
有莉に罰ゲーム姿を見られた事に、雪生はまだ落ち込んでいた。
「そんなに怒るなよ。ただのゲームだろ? 機嫌直せよ。そうだ! 久々にナンパでもするか?」
「…ナンパ?」
ビクン! 時朗の放った素敵な響に鼻が反応する。
と、そこに偶然有莉の姿が見えた。下駄箱を挟んで裏から出て来た。雪生は咄嗟に、
「な、なに言ってんだよ、ナンパなんて。そんな低俗な事をするもんじゃないよ君!」
と、声を上擦らせたりして、時朗を指差して言った。
今迄背中を丸めて落ち込んでいたのに、急に背筋を伸ばして態度を変える雪生に、時朗は眉を顰める。
「何言ってんだよ。普通にしてんじゃん。おまえイケてる時はお持ち帰りしてんじゃね…」
バキッ!!
時朗を蹴り倒す。
雪生は時朗に構わず、有莉の後を追いかけて言い訳を始めた。
「ボクぁナンパなんてしないよ! まして持ち帰るなんて…昼間のアレだって、罰ゲームで無理矢理、普段はあんなバカな事…」
「あの!」
有莉は後をついて来た雪生を振り返り、話を止めた。
「?」
「あの…なんでそんな事をあたしに…?」
ギクッ…!
「そ…そりゃ、深原ちゃんに誤解…」
「名前…どうして…」
初対面の知らない男子に突然話し掛けられたかと思ったら、名前を呼ばれ、有莉は青ざめ、気味悪くなって後退りする。
「や! 違う!! 怪しい者じゃ…3-B。奥井雪生。人助けを試みる爽やか好少年! 三丁目のレンタルでバイトしてて…そう!そこで君を見て」
雪生は焦って、両手を前へ突き出してわらわらと振った。
「あたし、そこ行った事ない…」
《 しまった! 》
「い、今は! そこ。前は一丁目で、そこで…行ってるだろ?」
「……」
そうだが、雪生を見る疑いの目は変えない。
「ああいうとこでバイトしてると結構顔覚えるんだよ。同じ学校だし。あ、今度バイト先に来てよ。サービスするからさ。じゃ!」
冷や汗もの。ボロが出ないうちに、雪生はとっとと去った。
有莉の姿が見えなくなって、脱力。
《 一体、何やってんだオレ 》
✶ * *
今日はバイトは無かったが給料日なので、明細を貰いに、雪生はバイト先に顔を出して、そこで暫く時間を潰していた。
店を出て帰る時には辺りは暗くなり、月も高い位置にはっきりと見えて、遅い時間になっていた。
連日、有莉の事で頭を悩ましていた雪生だが、この頃少し気持ちが疲れてきていた。
《 考えるのはやめた。(髪も切ったし、心機一転!)
だいたい親切心で拾ってあげようとしているのに、あれこれ頭を悩ませたり、
挙句の果てに変人扱いされたんじゃ割に合わん。
そのうち吉右衛門似の男が拾ってくれるさ。
そう、きっとあんなふうに…。
!!? 》
見ると、有莉をナンパして男が強引に迫っている。
…………。
〰〰〰〰〰〰。
「人の女に手ぇ出してんじゃねーよ。バーカ」
雪生が有莉の前に立ち、ナンパ男に向かって言った。
「げっ!? なんだよ、待ち合わせてたのかよ」
相手の男は雪生を見てスゴスゴと逃げて行った。
「……」
沈黙。
お互いばつが悪い。
「…勝手に女って言わないで下さい」
有莉は顔を赤くして、ムキになって言った。
「 !! あの場合、あの言葉が効果的なんだよ」
「判ってます」
「はぁ?」
「…ありがとう」
有莉がぶっきらぼうに言ったその言葉に雪生は照れる。ポケットに両手を突っ込んだまま、雪生もぶっきらぼうに話し掛けた。
「こんな時間になにしてんの?」
「友達の家に遊びに行った帰りです」
「ふーん。気をつけなよ。またナンパされないようにな」
そう言って有莉から離れた。
少し歩いて、
「…送ろうか?」
と、振り向いた。
「いえ! (それが一番危険なような…)」
有莉に断られ、
「そ。じゃあ」
と素っ気なく、有莉を残して帰って行った。
その後ろ姿を有莉は見つめる。
「……」
✷ * *
バイト中。
返却されたDVDを持って、棚に戻す為に雪生は店内を回っていた。
悪から救ったとはいえ、あのかんじではまだ警戒を抱いてるな。どうしたら誤解を…。
と、結局はやっぱり有莉の事を考えてしまう。
「いらっしゃいませー」
他の店員が来店した客に声をかける。
と、目の前をスーッと有莉が通って行った。
ん?
「深原ちゃん…」
雪生の声に足を止め、“本当にいたんだ…。”と少し驚き、有莉は雪生を見て照れくさそうに、
「昨日は助けてもらい、ありがとうございました」
と、頭を下げた。
「……」
「あたし、ナンパとか恐くてダメで…。あそこに奥井さんがいてくれて良かったです。じゃ」
それだけ言うと、体を反転させた。
「え? もう帰んの?」
「お礼言いに来ただけだから」
「あ、待ってお茶でも…」
カタンッ!
お尻のポケットからスマホを出す際に、手を滑らせて落としてしまった。それを有莉が拾う。
そこには隠し撮りした有莉の写真が待ち受け画面にされていた。
「………」
《 あっ!(汗)》
「ありがと、深原ちゃ…」
雪生が取り返そうと手を伸ばしたのを避けて、有莉はスマホの画面を触った。
すると有莉の事がずっしりと書かれたリストが表れる。それを見て有莉の表情が固まった。
「これ…もしかして計画的? サイテー!!」
ナンパされ、困っている所を助けたのは、雪生の自作自演だと思い、有莉は激昂した。
「ちが…っ」
有莉はスマホを雪生に投げつけて、店を出て行った。
「ありがとーございましたー」
店内に店員の声が響いた。
*
その夜。部屋を暗くして、バイト先で借りた恋愛映画を観ている。
雪生の周りにはスナック菓子や拝借した自家製梅酒が置かれていた。
人生、映画の様にハッピーエンドにはならんもんだな。
札を思い出して、
きっとあれは目の錯覚か妄想だったんだ。それにオレじゃなくても拾ってくれる奴は他に沢山いるさ。現にナンパされてたりしたし。(吉右衛門似が現れるさ)
もうこれで終わりだ。明日からまた健全な生活に戻ろう。⇠(目が涙目?)