無愛想な同期の甘やかな恋情
もうほとんど仰け反った状態で体重をかけると、さすがに「うぐっ」と呻くのが聞こえた。


「みーくー……」

「もう、いい。出かけるの無理そうだから、私、帰る」


じっとりとした声で私を呼ぶのを最後に聞いて、私は弾みをつけて立ち上がった。


「え?」


ようやく顕微鏡から目を離した穂高君が、私を振り仰いでいる。


「美紅」

「邪魔してごめんなさい」


私は、彼からプイッと顔を背け、自分のバッグを引っ掴んだ。
ドア口に向かいながら白衣を脱ぎ、途中のテーブルの上にバサッと置く。


「美紅、ちょっと待て。本当に、あと十分……」


焦った様子で呼び止めてくる穂高君を振り返ることなく、私は研究室を出た。
ラボを後にしてしばらくは、不機嫌が治まらず、プリプリしていたものの……。


「なに、我儘になってんの、私……」


ヒールの踵を無駄にカツカツと打ち鳴らし、いつもの通勤経路の大通りに出た途端、私は激しい自己嫌悪でがっくりとこうべを垂れた。


お盆休みで休業中の会社が多いといっても、もちろん稼働しているところもある。
昼下がりのオフィス街の通りは、いつもよりだいぶ少ないけれど、サラリーマンやOLが行き交っている。
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