無愛想な同期の甘やかな恋情
中に入って初めて、その奥に曇りガラスのドアがあるのを知った。
彼はドアを開けて、「こっち」と私を誘う。


「ど、どこ? ……あ」


大きく開け放たれたドアの向こうで、赤い花が咲いているのが見えた。
小走りで彼の前に立つと、庇の雨よけの下、段差になっているところに、いくつかプランターが並んでいた。


「お花。栽培してるの?」


驚いて隣の穂高君を振り仰ぐと、彼はひょいと肩を竦めた。


「色味の参考にもなる。でも、育てるのは事務員に任せてる。俺じゃ、すぐに枯らしちゃうから」


そう言いながら、彼は私の横を擦り抜けて先に外に出た。
プランターが置かれていないスペースまで歩いていって、腰を下ろす。


白衣のポケットに手を突っ込み、グレーの大きなハンカチを取り出した。
それを自分の横に広げて、「座って」と私を促してくる。


「あ、ありがとう」


彼の気遣いにちょっとドキッとしながら、私もしゃがみ込んだ。
スカートの裾を押さえながら、隣に座る。


ここに来るまでは柔らかく感じた日射しが、強くなり始めていた。
それを隣の高いビルが遮ってくれて、いい感じの日陰になっている。
オフィス街のど真ん中なのに、ビルの谷間のせいか、体感温度がちょっと低くなったように感じられる。
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