一目惚れの彼女は人の妻
 週明け。ここは私達の勤め先の、ある大手の出版社で、私は社員食堂で、総務で同期の池谷加奈子とランチ中。

「加奈子。土曜日に、篠崎さんと買い物に行ったのね」

 加奈子は、篠崎課長、つまり充さんの奥さんが私の姉で、半年前に亡くなった事は知ってるし、その後、私が充さんの家にちょくちょく行くのも知っている。ちなみに、痴漢男の事も。

「うんうん。それで? 篠崎さんと何かあった?」

「何かって、なんでそうなるのよ?」

「ならない? まだ早いかなあ」

 加奈子ったら、訳の分からない事言って……

 でも、私が愛子ちゃんの母親になるとしたら、充さんと結婚する事になる訳か。充さんは十分素敵な人だけど、なんか違う気がする。そもそも、充さんは私なんか、"アウトオブ眼中"だしね。

「そうじゃなくて、アイツに会っちゃったのよ」

「アイツって、もしかして、宏美が前に駅で見たっていう……」

「そう。"爽やかイケメン彼女持ち痴漢男"」

「へえー、びっくり。でも、ひとつ増えてない?」

「そうなのよ。アイツ、生意気な事に彼女を連れてたのよ。しかも可愛い子」

「なんだあ。がっかりだね?」

「うん……って、なんでがっかりなのよ?」

 という疑問は、加奈子よりもむしろ私自身に対してだ。私は今、確かに「うん」と言ったから。でも、なんで?
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