一目惚れの彼女は人の妻
 俺と宏美さんは、駅ビルの中の小さな居酒屋へ入った。

「宏美さんは……じゃなかった、し……いや、た……」

 俺はうっかり”宏美さん”と言ってしまい、”篠崎さん”と言い直そうとしたが、やはり名刺の通りに”田村さん”だな、と結論着けたのだが、

「そのまま”宏美さん”でいいわよ?」

 と言われた。もちろん、俺としてはその方が願ったり、叶ったりだ。

「その代わり……」

「はい?」

「”俊君”って呼ばせて?」

「いや、それは……」

「ダメなの? おあいこでしょ?」

 おあいこと言うなら、”宏美さん”には”俊輔さん”もしくは”俊輔君”だと思うけどなあ。まあ、いいけど。

「わかりました」

「で、何? ”宏美さんは……”って、何か言いかけたでしょ? さっき」

 何だっけ? ああ、そうだった。

「ビールでいいですか?」

 すると宏美さんは、お笑いタレントみたいに「ガクッ」と言ってずっこけ、「それなの?」と言って目を細めた。

 宏美さんって、意外に愛嬌があるんだな。フレンドリだし。俺、ますます好きになっちゃったかも。
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