一目惚れの彼女は人の妻
「えっ?」

「他の人には触らないで、代わりに私に触って?」

「…………」

 驚き過ぎて、俺は言葉が出なかった。驚きというより、不思議で、かな。

 今の宏美さんの言葉を理解しようと思うのだが、どう解釈すれば良いのだろうか。
 男が女に触りたいと思うのは、言ってみれば生理的現象であり、例えば夜なんかにそれは発生するわけだが、その時宏美さんはそばにいるわけないのに、どうやって彼女に触ればいいのだろう。

 だめだ。意味が解らない。要するに、宏美さんは酔って混乱してるんだと思う。自分でも、訳がわからなくなってるんじゃないかな。

 そう結論付けて、俺は宏美さんの言葉を真に受けない事にした。適当にかわし、早く家に届けてあげよう。篠崎課長が待つ家に……

「わかりましたから、帰りましょう?」

「何がわかったのよ? あなた、私が酔ってるからって、バカにしてるでしょ? 私は、本気で言ってるんだからね?」

「そんな、バカになんてしてませんよ」

「本当に? もう、他の女に触らない?」

「はい、絶対に触りません」

 これで宏美さんは納得してくれるかなと思ったのだが、

「じゃあ、私に触って? でないと、信用出来ない」

「そう言われても……」

「私なんかじゃ満足出来ない? そうなんでしょ?」

「そんな訳ないじゃないですか……」

 ああ、もう、これでは堂々巡りだ。そんなに言うなら仕方ない。

 俺は覚悟を決めた。
< 35 / 100 >

この作品をシェア

pagetop