一目惚れの彼女は人の妻
 やっと退社時刻になり、私はそそくさと帰り支度を始めた。今日はこれから、開発会社の人達と、プロジェクト開始にあたっての懇親会があるんだ。そこには当然俊君も来る訳で、また彼に会えるのがとても楽しみだ。

 一緒に行くはずの課長を見たら、まだ座ったままパソコンに向かってお仕事をしていた。

「課長、そろそろ行きませんか?」

 と、私は課長に声を掛けたのだけど……

「田村さんに言ってなかったかな。私は失礼して帰らせてもらうんだ。だから、君は田中部長と行ってくれないかな」

「あ、はい。それはいいんですけど、愛子ちゃんが待ってるからですか?」

「まあ、そうだね」

 私は課長のすぐ近くへ行き、小さな声で話を続けた。経理課のみんなは課長の家庭事情を知っているから、聞かれて困る話でもないのだけど。

「母に伝えておけば、遅くなっても大丈夫だと思います。何でしたら、私から伝えておきましょうか?」

 昼間、愛子ちゃんはうちで預かっている。私の母、つまり愛子ちゃんのお婆ちゃんがベビーシッターをしている。もちろん無料でだけど。

「ありがとう。でも、それはいい。このところ残業続きだったからね。今日ぐらいは早く帰らないと」

「でも、肝心の課長がいないんじゃ、みんな困ると思いますけど?」

 そう。悪いけど、田中部長は経理をあまり知らなさそうだし、私だけでは心もとない。いっその事、代わりに私が帰ろうかな。俊君に会えなくなるのは、とっても残念な事だけれども。
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