一目惚れの彼女は人の妻
 俊君と私は、駅ビルの地下の飲み屋街へ行き、その中の一軒に入った。いわゆる大衆居酒屋だけど、私は料亭よりこういうお店の方が好きだと思う。

 俊君は嫌々私に付き合ってくれたのかもしれないけど、それは敢えて考えない事にして、目一杯楽しもうと思った。

 私達はテーブルを挟んで向かい合わせに座った。さっきの料亭とは違って俊君がすごく近い。ちょっと手を伸ばせば簡単に触れられるぐらいに。

「宏美さんは……じゃなかった、た……」

 俊君が”田村”って言い直そうとしたので、私はすかさず、

「そのまま”宏美さん”でいいわよ?」

 と言った。”田村さん”より”宏美さん”と呼ばれたかったし、

「その代わり……”俊君”って呼ばせて?」ほしかったから。

「いや、それは……」

 俊君は嫌そうだったけど、

「ダメなの? おあいこでしょ?」

「わかりました」

 強引に了解させちゃった。

「お疲れ様でした」と言ってビールで乾杯し、焼き鳥や肉じゃがなんかをオーダーし、早々にビールから冷酒に替えた。

 ちょっと意外だけど、俊君もお酒は好きとの事で、やはり料亭では飲み足りなかったそうなので、二人でじゃんじゃん食べ、ぐいぐいお酒を戴いちゃった。
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