一目惚れの彼女は人の妻
 2回目の打ち合わせの日。俺は複雑な想いで宏美さんの会社へ向かった。つまり、宏美さんに会う事が、一方では楽しみであり、他方では辛い気持ちがするからだ。

 打ち合わせが始まったが、話すのはもっぱら齋藤さんで、俺は下を向き、議事録用のメモをひたすらノートに書いていた。だが、そうしていても、ふと宏美さんが気になり、つい顔を上げて彼女を見てしまう。

 すると宏美さんも俺を見るのだが、そのまま見つめ合うとまずいので、また下を向いてメモを書く。そんな事を何度も繰り返していた。

 それにしても、あの夜の宏美さんはあまりにも意外だった。今、俺の正面に背筋をピンと伸ばして座る、一見冷たくさえ見える経理のプロに、あんな妖艶な一面があるとは、いったい誰が想像出来るだろうか。そして、俺はそのギャップにやられてしまったんだ。

 ああ、ダメだ。宏美さんを見ると、ますます気持ちが強くなってしまう。諦めなきゃいけない人なのに……

 長い長い打ち合わせが、ようやく終わった。あと何回、こんな時間を過ごすんだろうか。使い方が違うかもしれないが、俺にはまるで”蛇の生殺し”だと思う。

「中山さん。今日の内容で確認したい所があるんですが、折り入ってお聞きしても良いでしょうか?」

 ノートや資料を鞄に詰め、さっさと帰ろうと思ったら、宏美さんから声を掛けられてしまった。
< 74 / 100 >

この作品をシェア

pagetop