一目惚れの彼女は人の妻
「あの夜の公園での出来事は、もしかして俺の痴漢を……って、してませんけど、やめさせようとしたんですか?」

「実は、そうなの」

「自分の身を犠牲にして?」

「うん」

 なんて事だ。宏美さんが恵美に嫉妬して、という俺の推測は大外れで、宏美さんのあの行動は、俺への同情、あるいは俺を更生させたいという使命感からだったわけだ。

 それと、本当はそう思いたくはないが、宏美さんには、その手の願望があるのかもしれない。ある種の男に、触ってほしいという。それはないと思うけども。

 としても、痴漢男を普通に好きになるわけはなく、まして宏美さんには夫がいるわけで、つまり俺は、とんだ勘違い野郎だったわけだ。であれば、

「ご親切に、ありがとうございました」

 と、言うしかないじゃないか。
 あまりに情けなく、俺はその場を逃げるようにして去った。後ろから宏美さんが、

「ちょっと待って。私は、ひ……」

 と言う声が聞こえたが、もちろん立ち止まったりはしなかった。”ひ”の続きは何だったのか、気にはなったけれども。
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