一目惚れの彼女は人の妻

　恵美はぷりぷりと怒り、俺の部屋から出ると、ドアをバタンと乱暴に閉めた。

　今のでピラ男は怯えて、しばらくはエサを食わないだろう。恵美が入れたらしいエサを、回収しないといけないな。

　と思ったものの、それをする気力が出ず、天井を見るともなく見ていると、否応なくヒロミさんの顔が目に浮かんだ。

　彼女も俺をジッと見ていた。あの澄んだ、綺麗な瞳で。そして、何かを言いたそうに見えた。何が言いたかったのだろうか。

　そもそも、俺をどう思ったのだろう。かなり意識してくれたのは確かだと思う。最後に舌打ちしたから、怒ってたのは間違いないと思うが。

　でも、ヒロミさんになら、怒られるのもいいと思う。何でもいいから、もう一度会いたい。そして話したい。しかし……

　ヒロミさんは人の妻。イケメンらしい夫とたくさん話し、笑顔を向け、そして、夜は……

　理不尽とは解っているが、顔も憶えていないその男に、俺は猛烈な嫉妬を覚えた。悔しくて、胸を掻きむしりたいぐらいだ。

　あれは、人生で初の一目惚れだったと思う。俺は、一瞬でヒロミさんに恋をした。だが、次の一瞬には失恋していた。

　目を閉じると、たちまち睡魔に襲われた。おそらく俺の脳は、現実逃避をしたかったのだと思う。