一目惚れの彼女は人の妻
 ビールで乾杯し、料理を適当にいくつか頼んだ。

「何年振りかなあ」

「10年よ」

「へえー、もうそんなに経つのかあ。それにしても、相変わらず胸でかいな」

「やめてよ!」

 ダメ男が手を伸ばし、私の胸に触ろうとしたけど、寸前で私はその手を払いのけた。

「ねえ、仕事は何なのよ?」

「え? 何だと思う?」

「ん……ホスト」

「惜しいけど、ブー。ホストなら、今頃はお仕事中」

 確かにそうだわね。

「実は、前はホストやってたんだよ。めんどくさくて辞めたけど」

「だったら、今は何をしてるの? もったいぶってないで、言いなさいよ」

「こえーなあ。言うよ。今は、ヒモだよ。ヒモをやってんだ」

 私は、開いた口が塞がらなかった。あまりにバカ過ぎて。

「そういうの、普通は仕事って言わないでしょ?」

「そうかあ? それなりに苦労があるんだぜ。それでさあ、悩みっていうのはさあ、一人じゃ足りねえんだよ」

「はあ? 何がよ?」

「金だよ。決まってんだろ? だからさあ、おまえも俺に貢いでくんねえかな? それなりの奉仕はすっからさ」

「ば、バカ言ってんじゃないわよ!」

 私は立ち上がると、さっさと店を出た。伝票を掴んで。安いけど、ダメ男への手切れ金のつもりで。
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