一目惚れの彼女は人の妻
 少しして、私のスマホが震えた。手に取って見たら、LINEの”友だちかも?”に、”ピラ男”の名前があった。グロテスクなアイコンで。

 一瞬、誰? と思ったけど、このタイミングで来るなら俊君に違いない。ああ、そうか。”ピラ”はピラニアのピラなんだ。俊君って、本当にピラニアが好きなのね。

 すぐに”友だち”に追加したら、ピラ男からのトークが来た。

”今から駅の改札、でいいですか?”

 私はすぐにお気に入りのスタンプでOKの返事をし、大急ぎで帰り支度を始めた。

 俊君を待たせたくなくて、それと早く会いたくて、小走りで駅に行くと、ちょうど俊君も着いたところだった。

「急に呼び出したりして、すみません。迷惑ですよね?」

「そんな事ない。嬉しかった」

「え?」

 あ。私ったら、つい口から出ちゃったみたい。嬉しい気持ちが。

「電車に乗るの?」

 駅で待ち合わせなんだから、そうだとは思ったけど聞いてみた。

「はい。取りあえず地元の駅に行こうかと。いいですか?」

「うん、いいわよ」

 電車に乗り、俊君と並んで吊革につかまった。今かな、と思い、

「俊君。私、ひ……」

 まで言ったところで、

「黙ってもらえますか?」

 と俊君に言われ、またしても最後まで言えなかった。つまり、”人妻じゃありません”と。

「俊君……」

 それにしても、今の俊君の言い方は冷たかった。今までで一番、冷たかったと思う。

 なんか私、泣きそう……
< 90 / 100 >

この作品をシェア

pagetop