一目惚れの彼女は人の妻
 私の左の頬に、バシンという衝撃を予想したのだけど、違っていて、実際にはフワッと何かが触れた。それは俊君の柔らかくて温かい手の平で、この間の夜と同じ。次に私の唇を指でなぞるのも同じで……

 と思ったけど、なんか違う。俊君の指にしては、柔らか過ぎる気がする。そう思ってそっと目を開いたら、目の前に俊君の顔があった。つまり……

 私は俊君に、キスされていた。

 でも、私には拒む気持ちは全くなくて、むしろもっとしてほしくて、ショルダーバッグを肩からストンと落とすと、爪先立ちになって、両手を俊君の首に回した。

 すると俊君も私の背中に手を回し、キスはどんどん、どんどん、深くなっていった。

 長くて、甘くて、淫らなキスだった。終わった後は、二人してハアハアと、息を切らすほどに。

「ごめん。好き過ぎて、止められなかった」

 えっ?

 今、俊君は何て言ったの? ”好き過ぎて”って聞こえた気がするけど、気のせい?

 俯いて言うから、よく聞こえないよ。

「何やってるんだろうか、俺は。宏美さんには、旦那さんやお子さんがいるのに……」

「違うの、俊君。私、人妻じゃないの」

 やっと、最後まで言えた。

「えっ?」

 と言って俊君が顔を上げれば、

「ごめんなさい。私と篠崎課長は夫婦じゃないの。あの時は、そのフリをしただけなの」

 今度は私が、下を向いた。
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