一目惚れの彼女は人の妻
「散らかってて悪いけど……」

 とか言いながら、俺は部屋のドアを開けて明かりを点け、宏美が入るとすぐにドアを閉めた。そして、次に自慢の大型水槽の照明を点けると、宏美は「うわー」と感嘆の声を漏らした。

 続いて”綺麗!”って言ってくれるかなと期待したが、

「大きい!」

 だった。ピラ男の他には何も無い水槽だから、そうなるか。

「大きいのは水槽? それともピラ男?」

「両方」

「だよな? ピラ男、こちらは俺の彼女のヒロミン。美人だからって、食うなよな?」

「やだ、もう、俊君ったらあ」

「冗談だよ。あ、冗談は”食うなよな”の部分な?」

「なんか、ありがとう。嬉しい」

 実際のところ、宏美はすごい美人だと思うし、照れて赤くなった顔は、すごく可愛い。ピラ男ではなく、俺が食べちゃいたいぐらいだ。食べちゃうけども。

 俺はクローゼットからハンガーを2つ持って来た。

「上着を脱ごうか? 俺も脱ぐし」

「うん」

 宏美と俺の上着を並べて壁に掛けたのだが、その光景が、なんかちょっと、いいなと思った。

「ピラ男君、よろしくね」

 と宏美は可愛い声で言ったが、その割には水槽と離れすぎだと思う。

「もっと近くから言わないと、ピラ男は耳が遠いから聞こえないぞ」

「うそ?」

「うそだけどさ」

 俺は抵抗する宏美の背中を押し、水槽に近付けた。

「一見すると怖いかもだけど、よく見ると愛嬌のある顔だろ?」

「ん……そうかなあ」

 宏美は、しばしピラ男を見ていたが、

「やっぱり無理」

 と言って俺を振り向き、俺はその口を、俺の口でふさいだ。

「ちょ、ん……」
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