実話怪談「鳴いた猫」
 二、三分ほど歩くと、一際大きな墓石のようなものが深い暗闇のなかからその姿を現した。それは他の墓石とは明らかに様子が違っていた。道は真っ直ぐ、そこへと続いている。

 大きな墓石の前にも、猫の姿はなかった。墓石の両脇には何本もの卒塔婆が立てかけられ、その前には真新しいお花も供えられている。
暗くて読みにくいが、墓石には何やら文字が刻まれている。さらに近づいて目を凝らし、その文字を読み取った。



そこには"昇魂之碑"と、深く刻まれていた。
その大きな墓石は、合同慰霊碑だった。



それを見た刹那、Kさんのなかを嫌な予感が電撃のように駆け巡った。

――逃げろ、今すぐここから逃げろ!

もう一人の自分が叫んだ。しかし、慰霊碑から視線を外すことができない。

――もし、今振り返って誰かいたら

そう考えると、怖くてすぐに振り返ることなどできなかった。手に汗が滲み、息が白煙となって夜暗に溶ける。永遠のように長い時間だけがゆっくりと過ぎていった――。



 どれくらいの時間が経っただろう。実際には5分ほどだったかもしれないが、Kさんにはそれが30分にも、1時間にも感じられた。

意を決し、一歩、後ずさると、勢いよく振り向いた。そこには誰の姿もなく、ただ深い暗闇があるだけだった。

 その時、また近くで線香の匂いがした。それも、最初感じた時よりも匂いが強い。Kさんはその場で動けなくなり、声も出せなくなった。それは、俗にいう"金縛り"というやつだった。

 すると、不意に何者かの気配を感じた。それも一人、二人ではなく、大勢の気配。それらに暗闇の向こうからじっと見られているような、そんな視線を感じる。その気配はKさんに向かって少しずつ、しかし確実に、真っ直ぐ近づいてくる。人の呻き声や、様々な動物の鳴き声のようなものも微かに聞こえた、という。気配が近づくにつれ、その声も徐々に大きくなっていく。

この時、Kさんは生命の危機を感じていた。目に見えない何者かに殺される、そんな恐怖を現実のものとして感じた、と後に、Kさんは語った。

――もうだめだ……。やられる!
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