オフィスの野獣

「どうあれ、あいつには近づかない方がいい。もう何十人も泣かされてるようだから。藤下さんも遊ばれちゃうよ」


 ……知ってる。前野君に言われなくても。
 本意ではなくても、私もきっと彼に弄ばれた女の一人と同じ。

 綺麗事に流されて、彼に傷つけられたという事実は変わらないのに、はぐらかされている。



「じゃあ今度のデート、考えといて」


 いつの間にか自分のカレーを食べ終えて、前野君が私にダメ押しの台詞を言った。
 副菜の煮物を噛み締めながら、10回目になると前野君の誘いを断るのもなんだか億劫になってくる。




 ――藤下さんは、もう少し男に心開いてもいいと思うよ。


 また傷つけられるのだろうか。
 彼の綺麗事に。

< 19 / 50 >

この作品をシェア

pagetop