オフィスの野獣
西城斎。
それがこの男の名前。
同じ会社の同僚で、一応同期。しかしヤンチャな噂が絶えないこの男と私の接点は、特にあるわけではない。無難に仕事を済ませ、この混濁する社会で慎ましやかに生きることがモットーの私だからこそ、この状況に混乱している。
どうしてこんな奴とひとつのベッドで、裸で寝ているのか……あかん。これ以上考えたらそこの景観のいい窓から今すぐゴーフライアウェイしてしまいそうだ。落ち着け。
「美弥子……」
お前今のタイミング狙ったように人のこと下の名前で呼びやがって……。
後ろから抱きしめられているから自由には身動きが取れないが、視線を後ろに向けるとそいつの目は閉じられている。その口からは微かな寝息が漏れているのが聞こえた。
……別に耳元で囁かれたからって動揺してなんかいないぞ。
この状況をどうするか、相手を無理に起こしてこの状況を説明してもらうか朝から悶々と思考していると、彼の息が私の耳の穴を生ぬるい温度でくすぐった。
必死に頭を整理しているところだったから、その些細な刺激に物凄く心臓が飛び跳ねた。
「……なんてね」
「なっ……あんたっ、いつから起きてたの!?」
「さあ? いつからだろう?」
職場で見かける嘘くさい笑顔よりムカつく悪戯野郎の顔が、そこにあった。ああ、ムカつく。
前言しておくが、私達は普段からロクに会話をするような仲ではないし、私はこんな奴を相手にするような女じゃない。ましてや誰も知らないところでこんな密な仲になるような関係ではない。私は潔白だ。
とにかくこの顔を朝から見ていると、虫唾が走る。
「もういい。ここがどこか知らないけど、さっさと離して。遅刻する」
「俺が借りてるマンションの部屋。なんならこのまま二人で会社、バックレちゃおうか」
「一人で勝手に部屋に引っ込んでろや。そんで二度と社会に這い出てくんなヤリチ◯コ」
「えー」
引き止めようとするそいつの腕を振りほどき、近くの床に無造作に投げ捨てられた下着を拾い、室内に干されていた衣服を素早く来て部屋を出る。
朝はとにかく時間がない。仕方ない。スマホで現在地を調べてこのまま会社に行こう。
……今朝起きたばかりのことを考える時間もない。まったくなんて気が乗らない月曜日の朝なんだ。
よりによって西城斎に、私の純潔を穢されてしまうなんて。末代まで呪ってやる。
もう一度言っておくが、私はあんな男を相手にするような女ではないし、今回は西城斎に決してたぶらかされたわけじゃない。あれにはちゃんと理由があるはずだ。私は潔白だ。