オフィスの野獣
雨の音
冷たい雨の中を、傘を差さずにしっかりとした足取りで進んでいく。
傍から見れば、失恋してやけになる哀れな女のような絵かもしれないが、そんなこと別にどうでもいい。会いに行く目的がある人がいる。
見上げるほど高く佇むマンションのエントランスを潜り、キーホルダーに刻まれたナンバーを確認して部屋のドアを叩く。すぐに目的の人物が内側から鍵を外した。
ずぶ濡れの私の身体を見るなり、苦笑するそいつに一発くれてやりたくなるがグッと堪える。そして人を小馬鹿にするその人は、私を迎え入れるように甘い声で促してくる。
「また風邪引くよ。とりあえず上がって」
濡れた身体を嫌がる素振りもなく、労わるように、彼は丸まる背中に手を添えてくれる。
中に入るとタオルを持ってきてくれて、そのあとバスルームに案内してくれた。ここの内装もシャワーの使い方も使い慣れているような気がして、もどかしくなる。そんな考えを振り払うように、濡れた服を脱ぎ捨てて、シャワーを浴びながら目を閉じる。
10分ほどでシャワーを終えると、彼の部屋着を借りて脱衣所を出る。下着も濡れてしまったので、なんだかスースーする。
明かりがついている部屋の扉を開けると、あくびをしながら缶ビールを開ける西城斎がいた。テーブルにはもうひとつ開けられていないものが置いてある。
私に気づくと、彼がそれを差し出した。
部屋着の裾を引き摺りながら、彼の隣に行きそれを受け取った。
一口飲んで、ビールの味が染み渡る。それと同時身体の力が一気にほどけた。今までで一番おいしいかもしれない。