オフィスの野獣
「前野とはうまくいかなかったの」
私がここに来た理由に、彼も察しがついているようだった。
まあ、結果的にそういうことになる。
「途中までいったよ。でも、やっぱり違うかなって」
私もそこそこがんばったことは胸を張ってそいつに言った。一応経験値だ。
思い出せば何とも言えない気持ちになるが、途中で抜け出してきてしまったのは前野君に悪いことをしてしまったかな。
「じゃあなんでまた。途中で怖気づいたの? 前野もあれで結構本気だったんだよ」
案の定、西城斎にもつっこまれる。あれだけ背中を押されたし、前野君は十分私のことを求めてくれた。だけど、私が求めているのは、たぶん前野君じゃないから。
「……前野君とホテルでしてる時、あんたともこういうことやってたのかなってちょっと考えた」
「まあ、俺の方が前野より上手い自信はあるけど」
「あっそ。でもキスは前野君の方が上手いんじゃないかな。キスばっかしてたし」
「ふうん」
西城斎と二人で飲んでも、あの頃の記憶はちっとも出てこない。
ホテルのことを話してもこの男の反応は悪い。私の言い方に不貞腐れたのか?
キスの仕方さえ知らなかったけど、ふとこいつはどんな風にキスするのか気になってしまった。記憶にないけれど、彼のキスはどんな味がしたんだろう。