オフィスの野獣
お酒の味を堪能しながら、昼間のデートのことをぼんやり考えた。
カフェで前野君と話したことが、自分の中で今も引っかかっている。優しい前野君の前で咄嗟に隠したことがある。
「前野君に、嘘ついちゃった。私が男嫌いな理由……」
彼の隣で体育座りをしながら、独り言のように呟いた。
誰にも打ち明けるつもりはなかった。ずっと一人で抱え込んできた秘密。
「ねえ、もしかして記憶にない私は、あんたにそれを教えたの?」
「……」
「だから、私のことも哀れんで慰めてくれたの?」
「……」
「……そう。クズだけど優しいのね。あなたは」
なんとなく腑に落ちた。それがクズなりの優しさだということ。
沈黙する二人の間に、止む気配のない雨音が気まずい空気を中和してくれているような気がする。それに耳を傾けている内に、飲み干した空き缶を西城斎はテーブルに置いた。
「俺って……そんなにキレイな奴に見える?」
そんなわけのわからない質問を投げかける。
私は手に持っていた残り少ないビールを床にこぼした。そいつに床に組み敷かれたからだ。
私を下にして余裕ぶったように微笑んでいる彼は、獰猛な目をしている。数日前に知ったばかりの彼の夜の顔……。
「……それで、ここに来たのは、前野じゃなくて俺に慰めてほしかったの?」
彼の滑る手が、服の下に入り込んでくる。冷たい手……。
自分でもそれほど動じていないことに酔いが回ったのかと思う。まだ彼に色々言いたいことがあったんだけど、今日はもう疲れた。
「……ただ、隣にいてほしいの」
「……」
「それだけ。前野君に押しつけるのはやっぱり可哀想だから」
「なんだそれ。俺ならいいのかよ」
「腐っても私が求めてるのはあんたの優しさみたいだから」
私の皮肉に彼は苦笑して、手を引っ込めてくれた。
気を許してしまうのはまだ少し怖いけど、私が私を変えたいというなら、きっと今求めるべき人は、きっかけをくれた彼なんだろう。