オフィスの野獣
自分の食器を片付けようとする私の手首を掴んで、引き止める。上目遣いに彼は言った。
「俺が美弥子を求めてるって言ったら、困る?」
そんな甘いことばかり言って、こちらの気を引こうとする。
「じょ、冗談だろ。そうやっていつも女をたぶらかして……」
「冗談きついな。本気だよ。俺が嫌いなのはわかっていたから身を引いたけど、こうして俺を頼ってくれたのは嬉しい」
大嫌いな奴のことなんて、ひとつも知ろうと思わなかった。彼自身のこと、彼の思うことなんて……。
だけどそんなことで無邪気に微笑んでくれる彼に、不覚にもときめいた。
この手を取って、騎士の真似事のように甲にキスを落とす。顔色ひとつ変えない彼に、自分だけ取り乱しているのが馬鹿みたいじゃないか。
気づけばその人の手に引っ張られるまま、固いテーブルに押し倒されていた。
「な、なんだこれは……」
「なんだろうね」
またとぼける。こんないい加減な人を頼った自分が正しかったかなんてわからない。
私は、西城斎に、何を求めるのだろう。
「まだ……俺のこと怖い?」
もう一度訊かれた。
あの時とひとつだけ違うのは、西城斎という人を知ろうとしたこと。知ってしまったことだ。
結局は彼を受け入れてしまうんだ。こんな惰弱な自分は。この人の優しい味を知ってしまったから。
最初は優しい口付けを重ねて、やがて深くしていった。私は彼が施してくれる優しい味を味わいながら、震える手で彼の背中に縋った。
彼の背中に縋るほど、自分が飢えていたなんて思わなくて頭が混乱した。それに舌がとろけるほど、彼の味は甘い。
「俺とこういうことをしたのも、憶えてないのか……」
どこか切ない目で私を見る。
あの時の私は、何を求めて彼に縋ったのだろう。
皺になった上着を捲り上げて、火照った身体には彼の冷たい手が滑る。何度も感触を確かめて、感じる吐息を誤魔化せなかった。
「前野とは、どこまでしたの?」
最中に彼に担ぎ上げられてカーテンを閉めきった寝室に運ばれると、今度は柔らかなベッドに私の身体が沈められる。
退路を絶たれた私の上に、野獣の身体が被さる。もう抵抗する気も起きない。
いっそこのまま――。
「じゃあ……俺と最後までしちゃおうか」
洗濯物が乾くまで、この野獣に強欲に求められるのも悪くない。そんな愚かなことを考えてしまった。