オフィスの野獣
気がつけば日曜の夕方。
こんなに無駄な休日の時間を過ごすことになるとは、昨日までは思わなかった。やめておけばいいのに、あの後も彼のペースにグイグイと流されてしまった。
ようやく着られるようになった服を着て、玄関まで見送りに来る西城斎の顔を見ないようにしてさっさと靴を履く。
「泊まっていけばいいのに」
「こんな格好のまま会社に行けるはずないでしょ」
朝に自分の部屋に帰って支度をしている時間などない。いや、特に理由がなくてもここに長居するわけにはいかない。
さっさとここを出ようと支度する私に、西城斎が玄関脇に置いてあったものを差し出す。
「はい。忘れ物」
「何これ」
「これでまたうちにいつでも来られるでしょ」
「どういうつもり?」
彼から預かっていた部屋の鍵を再びこの手に渡されて、訝しい目で彼を見る。
この鍵に込められた意味を、彼が淡々と告げる。
「付き合ってるんだから、俺達」
「わ、私はそんなつもりじゃ……」
「へえ、俺とは遊びでしたの? ショックだなあ」
どの口が言ってるんだ。どこをどう見ても人をからかう余裕がある奴だ。
しかしそいつの顔を見るとベッドでのことが頭を過ってしまうから、もぞもぞと口を動かすしかできない。いつものように強く言えないじゃないか。
そんな見苦しい女を見かねてか、おかしそうに彼が鼻で笑って、乾かしたばかりのサイドの髪を撫でられる。
「冗談だよ。美弥子、またね」
不意打ちにされたキスに、まだ思考は追いつかない。どうしてこんな奴を受け入れてしまったかなんて。
彼に渡された鍵を握りしめて、駅までゆっくり歩いた。まだ冬の名残がある風が吹くと、彼の家のシャンプーの香りが鼻をくすぐった。