オフィスの野獣
Anna
枯葉を鳴らす木枯らしが吹くと、まだ春は遠いように感じる。
「お客様?」
ショーウィンドウを挟んだ向かい側から、声をかけられる。
「え……」
「なかなかお決まりになりませんか?」
「え、あ、すみませんっ」
帰りになんとなく立ち寄った雰囲気のいい製菓店で、そこの店員から接客を受けている最中だった。
それにしては長身で、指先まで清潔感のある美人だ。
それにしても……どこかで見たことあるような……?
そこでまた彼女に見入ってしまった。
二度も失態をしてしまって、その店員から苦笑されながら商品に目を向ける。
何も考えずにお店に入ってしまったけど、よく見ると種類も豊富で季節の商品も取り揃えているようだ。普段はあまり縁がない分、魅力的なお菓子がガラスの向こうに飾られている光景に胸がときめいている。
たくさんの商品に惹かれるけれど、コレというものはなかなか決まらない。
まるでここ最近の自分のように優柔不断だ。彼のことを不意に考える時間がほんと嫌になる。
とても商品を選んでいる表情ではないのだろう。顔色が曇る私を見かねたのか、向かいにいる店員がおもむろに話しかけてくる。
「もう閉店ですし、よろしければこちらでお召し上がりになりませんか?」
店内から見る外はもうすっかり暗くなっており、そこから見える公園に人影はいない。
閉店時間ということで長居する客を追い返すような真似はせず、接客業にしては少し図々しいその提案に、再び顔を上げた。
「はい?」
「お客様はどうやらワケありのようなので。私でよければお聞かせ願えますか?」
陳列するお菓子が見劣りするような華やかな微笑みを浮かべるその人は、やっぱりどこかで見かけたことがある気がした。
左胸ポケットに挟んだネームプレートには『御堂』と書かれていた。